バイトから帰ってくるなり、俺は敗北感からくる苛立ちに任せて携帯を床に投げ付けた。
(当然脱ぎ捨ててある寝間着の上に、だ)
(まだ冷静な自分がいることに、少しだけ安心したりする)
どんなに睨みを利かせたところで、携帯からは何の反応もない。
それが更に俺を惨めな気持ちにさせた。
【タイムリミットは30分】
「バッカみてェ」
吐き捨てるように呟くと、携帯を乱暴に拾い上げてポケットに捩じ込む。
オヤジが帰ってくる前に(って云っても、最近は殆ど家に帰って来ねぇけど)、明日の支度をある程度済ませないといけねェ。
こんなことで、時間を潰すなんて阿保らしい。
俺は冷蔵庫から残り少ない食材を掻き集めて、料理とは到底呼べないような夕飯を作り、無理やり胃袋に詰めた。
食えればいいんだ。食えれば。今は味なんて二の次。
さて、あとは宿題を残すのみ。
(マジでやったことなんてない。カタチだけでもやっとかないと、杏子に見せてもらえないからやっとくようなもん)
立ち上がるのも面倒で、寝転がるように身体を伸ばして部屋の隅に放置してあったカバンへ手を伸ばす。
その瞬間、コトンと何かが床に落ちる音。
同時にポケットにあった筈の圧迫感が消える。
(あ、携帯、)
体勢はそのままで顔だけを音の方に向ければ、やっぱり携帯が転がっていた。
着信通知の表示は、ない。
甦る敗北感と、苛立ち。
1カ月前、携帯を買った。
やっぱり今時携帯くらい持ってねェと、色々不便だ。
通話代が掛かっちまうから俺からアクションを起こすことは殆どねェけど、遊戯達とは随分連絡を取りやすくなったと思う。
…非常に不本意だが、アイツにも番号は教えた。
別に俺が連絡欲しいわけじゃねェぞ!断じて!
アイツ、電話するような友達いねェじゃん。
だから寂しくねェようにだな、優しいボランティア精神で教えてやったわけよ。
「そんなゴミクズ、なんの価値もない」なんて云いながら、携帯番号を書いてやったノートの端切れを、アイツはカバンに入れた。
決して捨てなかった。
「寂しくなったら、構ってやっから!」って云っても、「俺が寂しいなどと思うはずがないだろう」とか返してくれちゃってさ。
えぇ。
言葉通り、全く連絡御座いません。
仮にも!仮にもだぞ!
「俺を好きになれ」とか云った相手を1カ月も放置ってどうよ
。俺、Mじゃねェし。むしろSだっつの。
そんなプレイされても興奮するか。
更に云うなら、「隣に置いてやることを光栄に思え」って言いやがったのは何処の何方でしたっけね。
隣どころか、顔すら見てねぇじゃん。
自慢じゃねェが、記憶力ねェぞ。
お前のこと、忘れちまってもいいのかよ。
お前が好きになれって云うから、滅茶苦茶不本意でも……好きになってやったのに。
「携帯、買った意味ねェじゃん」
結局俺は居ても居なくても変わらない存在で、俺が居なくったってアイツの生活にダメージを与えることはねェし、アイツの時間は何事も無く進んでいくんだ。
俺じゃない『誰か』を隣に置いて。
俺の気持ちを置き去りにして。
天井が歪んで見える。
俺は片腕で瞳を覆って、鼻を啜った。
…想像しただけで泣きそうって、末期だろ。
病院行って治るんだったら、今からでも素っ飛んで行くんだけどな。
門前払いか精神科に連れてかれて終わりか?
恋の病に特効薬はありません、ってよ。
ホント、馬鹿らしくて笑えるぜ。
悲しいんだか情けないんだか、泣きたいんだか笑いたいんだか、自分でも良く分からなくなってきた時、玄関のドアが開く錆びついた音が聞こえて、俺はもう一度鼻を啜ってから身体を起こす。
(普段居ねェくせに、こんな時ばっか帰ってきやがって)
オヤジがいちゃ、泣くに泣けない。
アパートの屋上でも行くか、なんて回らない頭でぼんやり考えながら、俺は放置したままのカバンに手を伸ばした。
…が、それはカバンを踏ん付けられたことで、遮られてしまった。
待て待て。
俺のオヤジの脚は、こんなに長くて細くねェ。
それに、こんな小奇麗で高そうな靴じゃなかった筈だ。
ってか、そもそもオヤジは土足で家ン中に入ったりしない、と思う。
(そんな、まさか。いやいや、)
俺の頭の中は、都合が良いように出来てるのかもしれない。
こんなことを平気でする失礼なヤツは、俺の周りじゃアイツだけだ。
でも、今アイツが俺の家に来るなんて有り得ない。
夢だ、夢。
会いたいと思い過ぎて、夢を見てるんだ。
どんだけ乙女思考になっちまったんだ、俺。
気持ち悪さ100パーセントだぜ。
いまいち状況を把握しきれない俺は、恐る恐る顔を上げて、人様のカバンを堂々と踏み付ける長くて細い脚の小奇麗で高そうな靴を履く人物を確認した。
更に云うなら、自分の頬を力一杯抓りながら。
「貴様に相応しい犬小屋だな」
この際、コイツのムカツク発言は無視だ。
土足で不法侵入してきたことも、気付かない振りしてやる。
だから、取り敢えず、
「一発殴らせろ!てめェ!!」
俺は握った拳に今持てる力の全てを注ぎ込んで、目の前の相手へと突っ込んで行った。
それは簡単にかわされるけど、当然想定範囲内。
「避けんな!」
「30分時間が取れたから来てみれば、突然なんだ。凡骨流の挨拶か?」
「そーです、挨拶です。だから素直に喰らいやがれッ」
「断る」
何度も云うが、俺はMじゃない。
放置なんてされても、嬉しくない。
好きになれって云ったのは、てめェだろ。
なら、その責任はきっちりとってもらわなきゃな!
だから!
俺の傍から離れんな、馬鹿野郎!
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逢瀬>>>>>>>越えれない壁>>>>>>>>>>電話。
社長は確実にこんな感じ。
電話よりも実物がイイに決まってるもんね!
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