恐らくノートを千切ったと思われる其れに、辛うじて解読出来る数字が並べられていた。
その羅列から想像するに、携帯の番号だろう。
誰の、とは云わない。
この知性の全く感じられない雑な筆跡は、明らかに目の前にいる凡骨のモノだからだ。
(そもそも、この俺に渡すのにノートの切れ端で済まそうなどという図太い神経をもつのは、コイツしかいない)
「貴様に人間の道具が使えるのか?」
「馬鹿にすんなッ」
指先に挟んだ紙切れを揺らしながら問えば、生意気にも云い返してくる。
「そんなゴミクズ、なんの価値もない」
しかし、今日は気分がいい。
一度見ればこんな単純な数の羅列など簡単に記憶出来るが、捨てずにいてやる。
机の横に掛けてあったカバンの中に紙切れをしまうと、それに安堵したのか、凡骨の顔が一気に明るくなった。
(不覚にも可愛いなどと思ってしまった俺は、少し仕事のし過ぎで疲れているのだろうか)
「寂しくなったら、構ってやっから!」
「俺が寂しいなどと思うはずがないだろう」
寂しい、だと?
凡骨らしい、下らない発言だな。
寂しいと思うのは、現状に満たされていないからだ。
どんな手を使ってでも、欲しいモノは手に入れる主義である俺が、物足りないと思うわけがない。
実際、「ムカツク」とか「嫌な野郎」とか好き勝手云っていた貴様も、今では俺の所有物だろう。
俺が求めたのは、『声』ではない。
『城之内克也』自身なのだ。
ならば、携帯という電波を介した小道具など使う必要が何処にある?
欲しいと思ったら、会いに行く。
この瞳に映し、声を聴き、この手で触れて、抱き寄せて、この腕に閉じ込めて。
…全身でヤツを感じないことには、俺を満たすことは出来ない。
【愛たい、キミを逢いしてる、】
「1カ月も逢えなかったのに、30分しか時間ねェのかよ」
「貴様の訳の分らん挨拶の所為で、残す時間は10分になったがな」
凡骨流の挨拶の攻防の末、漸く俺は腕の中に凡骨を収めることが出来た。
…と云えば聞こえはいいが、両腕を壁に押さえ付け、これ以上無駄な時間を使わないよう拘束していると云った方が正しい。
全く、手の掛かる駄犬だ。
躾がなってない。
「お前に俺の気持ちが分かるか!」
完全に不利な状況でも歯向かうとは、本当に頭が悪いな。
(しかし、それは分かっていたことで、コイツに賢さは求めていない)
「黙れ」
埒が明かないと悟った俺は、五月蝿く言葉を紡ぐ唇を俺のそれで塞ぐ。
途端、今までの騒がしさが嘘のように静まり返る室内。
触れただけの口付けで唇を解放すると、凡骨は真っ赤な顔をして俺を見ていた。
阿保面とは、まさにこのことだな。
しかし、それが嫌いではないと思う自分も確かにいることも、(非常に不本意だが)事実だ。
「俺のこと以外、何も考えるな」
そう云えば、更に顔が紅く染まり、唇が薄く開いたまま身体を硬直させる。
…嗚呼、この反応は悪くない。
「貴様は隣りにいればいい」
袖から覗く腕時計に表示された時間は、残りあと5分。
もう一度凡骨の唇に触れるには、充分な時間だ。
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タイトルは誤字じゃないです。
意図的です。
前回の乙女城之内のフォローのつもりが、海馬がちょっと変な人になって終わってしまった…。
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